2009年10月14日

『列車に乗っていた。…』

 列車に乗っていた。自分の他に、誰もいなかった。
 座席の途切れた出入口の部分が、丁度四角い花壇になっているかの様に、花が群がって咲いていた。膝ほどの高さに伸びた茎は細く、花の重みで少し首を傾いでいた。皆満開で、薄オレンジ色の花びらと、うぶげの生えたあまりにも細い茎以外、葉やつぼみ等はなかった。
 駅に着くと、両開きに戸があいた。花はホームへと傾き、少し揺れた。花が邪魔なのか、誰も乗っては来なかった。いや、ホーム自体に、誰もいないようだった。
 いつもと同じ音をたてて、戸がしまった。不思議に、咲き乱れた花は元通りきちんと車内に納まった。走りだした列車がリズム良く安定した頃、急に、一勢に戸が開いた。
 外は暗く、景色はなかった。ただ、ドアの向こうは崖だった。車内を抜ける風に、花は揺れ乱れた。ちぎれそうに狂いながら、開いた暗い外へと倒れ、乱れた。
 すると急に戸が閉まった。
 花はすべての車両のすべての戸口にあったらしい。
 暗さを背景に薄オレンジと薄黄緑が一勢にガラスの向こうを飛び去り、消えた。それを、戸の外側につかまり進行方向をまっすぐ向いて、前からの花を浴びる様な視点で見たように思った。
 気が付くと、私も車内から消えていた。



               1992.2.23 S の夢(たしか)
               95.12.21 M 加筆T
posted by わたなべ かおる at 01:57| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

しめくくりの次の出来事

どんなに望んでいることでも、
「──かならず叶えてみせる。」

導いたのは、いつも手でした。
その迷いなく なめらかな指の強さが、
私に一歩を進ませたのです。

この文章の第一行目と第二行目の不合理を責めますか。
「どんなに〜ない」という副詞の呼応より、
あきらめを退け希望へと決心する生命力を、
尊重したいとは思いませんか。
言いかけた言葉をさえぎる会話は見せかけです。
日本語の正しさを優先させる人々への気遣いです。

導くのは、いつも手でした。
たとえ唄う時でも、手の描く軌跡は譜面でした。
意志を持ち感情を持ち表情を持ち主張し、
手のスケッチは過不足なくテーマをあらわしました。
何よりも長い年月媒体としてきた言語は、
紙の上をなぞるようにいつだって書かれたのです。
導くのは、自分の手でした。
それは導かれているのです。しかし導いているのです。

この狂気の言葉たちは届いたものです。
もう遥か遠く、幻と思い始めた世界から。
筆記用具のこだわりは失われています。
けれども、言葉たちはここへ集って来るのです。

まだ、解放しては、もらえないようです。



             95.6.16 KII
             Rey' Yusato
posted by わたなべ かおる at 01:49| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

象徴的なアンテナ

アスファルトの歩道と、危険防止のガードレールを隔てて、
土手が転がり落ちていました。
そのがけっぷちの始まるところに、
象徴的なアンテナがたっていました。
土手は夜の中をどこまでも落ちていて、下が見えません。
それでもアンテナは、歩道の人を見下ろす高さで、
その細い長さを不思議と静かに保っていました。
初めは、暗い谷底しかなかったのです。
白いガードレールはうすぼんやりとしていて、
ふいに消えてしまうかもしれず、
土手の怖ろしさは闇の深さだったのです。
そしてその視界に、とても象徴的なアンテナが入って来た時、
思わず、見詰めずにはいられませんでした。
そのアンテナは、枯れた草のつるが、幾重にも幾重にもからまっていて、
その螺旋や曲線や茶色いラインは、
くっきりと、アンテナを夜の闇から切り取り、
真直ぐに、そこへたたずませていました。
アンテナと向きあって、思いました。
これはとても象徴的なアンテナであり、
その真直ぐとした姿は草の蔓によるものだ──
その時、土手の流れから足元を救う雑草たちの全身が、
闇にまぎれた足元と地球とをつなぐいくつもの友が、
とても力強く思えたのは言うまでもありません。



              93.1.16土
              19960106D
              (改行案 20091013)


posted by わたなべ かおる at 01:44| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

魂とひきかえに

彼女は、すでに有名人でした。
彼は、彼女の大勢のファンの、たった一人にすぎませんでした。
思いつめて、彼は魔方陣を描きました。
悪魔を召喚するためです。
彼は彼女に恋していました。
彼女を、ただ自分一人のものにしたいと渇望していました。
「僕を彼女の特別なただ一人にしてくれ」
彼はひとつめの望みを叫ぶと、出かけていきました。
彼女に会うためです。
彼女は、仕事の息ぬきに、こっそりぬけだしていました。
彼は恋人である彼女を優しくねぎらいました。
それは彼女にとって、ただ熱狂的に騒ぐファンとも、
仕事第一と彼女を世話するプロダクションとも違う、
とても心休まる、初めての相手でした。
二人はそうして時々会うようになりました。
そしてもちろん、マスコミはこのスキャンダルを見逃しませんでした。
執拗に追いまわし、いたずらに書きたてるスクープに、
彼女は疲れ、傷付いてゆきました。
「彼女の心の奥深く以外から、二人のことを消してくれ」
彼はふたつめの望みを叫び、彼女のもとを離れました。
記者会見で彼女は、彼とは何でもなかったと、
むしろ彼に追いまわされて迷惑だったと発表しました。
その表情は本当に何かを激しく憎んでいました。
彼のもとには、たくさんの、ノートや楽譜やオブジェが残りました。
すべては、彼女への想いから彼が創ったものでした。
ただ彼女への想いが、手段を変え表現を変え、
すべての歌、すべての詩、すべての彫刻となって残りました。
今はもう、行き場をなくしていながらも、
それらの魂は眠ることなく、それぞれに輝いていました。
彼はそれらの墓を創ってやろうと考えました。
深い情熱を抱えた魂たちが、唯一安らかに眠れるのは、
ただ、彼女のもと以外ないと、彼は知っていました。
その許されない悲願を、彼はすりかえようと決めました。
彼女を含むすべての人へ、作品達を届けるのです。
つまりは、彼女への想いを形にしたそれらを、
ただ一般的な作品として発表するのです。
あまりにも薄い可能性、
いつか彼女に届くかもしれない、
その あまりに儚い可能性を、希望として、
すべての人々に発表するのです。

けれど彼は思い留まりました。
それは彼女とも、彼女への想いとも関係なく、
ただひとつ、彼の淋しさ故でした。
自分がそうして表現者となった時、
作品達が幾人かのファンを持つとしたら、
再び、
再び悲恋は生じる。
かつて自分が彼女に焦がれた苦しみが、
自分を原因に、再び、生まれる。

彼は迷いのうちに飢えてゆきました。
もはや生きて行うべき事業はなく、
生きようとすれば必ず起きるのは悲劇でした。
彼は最期の望みを呟きました。
「僕が死んだら、すべてを灰にしてくれ」

彼の息が途切れると、
どこからともなく、炎が生じました。
情熱のままに燃え盛る作品達にかこまれた、
その死顔は、穏やかに笑っていました。




            19951217N Rey' Yusato
posted by わたなべ かおる at 01:35| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

止めなければ

彼は走っていた。いや、彼女だったかもしれない。
とにかく、自分の限界を超える速さで必死に走っていた。
かつてはその時その時の自分のペースでいたのだ。
もちろん周りより遅い時も、速い時もあった。
しかしひたすらに自分のペースでいたりもしたのだ。
だが今は、もう何も考えず全力で走っている。
何のために? と自問することもない。
もしあえてそう疑うなら、きっとすぐに答えただろう。
自分は走るべきなのだ。これが人の役に立つのだ。
これは自分にしか出来ない大切な仕事なのだ。
あるいは大切なただ一人のために走っているのだ。
人の役に立つことが自分の喜びだから走るのだ。
彼はひたすら走っていた。ただひたすらに走っていた。
人波をぬってギリギリでよけ、先へ先へと急ぐ。
あやうくバランスを崩しかけた瞬間、ほんの一瞬、
かつて誰もいない野原を散歩したことがよぎった。
しかしそんな幻はすぐさま消え去り、
身勝手だった日々への後悔と自責の念が、
かえって激しく彼を駆りたてた。
人の役に立てることこそが自分の喜びなのだ。
そうして自分の心が本当に満足しているのかも問わず。
ただひたすら走りすぎたあげく、
体中の関節が外れてガラガラと崩れてしまった。

「そんなこと あるわけないだろ!?」
「……確かにタンパク質は無理がきくから」
体の成分の問題じゃない。関節外れた位で
ガラガラなんか崩れるか? いやそれ以前になんて
バカげた話だ。それこそ、もっと人の役に立つこと考えろ。
そう説きふせてやろうと考えた時、そいつは云った。
「だけど心はタンパク質でできてないから」



            darkness創作 第三集
            19950519 KII Rey' Yusato
posted by わたなべ かおる at 01:22| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

運命の相手に遭った話

運命の相手に遭った。俺が直感したから間違いない。
彼女は列車のドアにもたれて、ガラス越しに外を見ていた。
その髪も目も耳も、何もかも、彼女のすべてが、
ただずっと俺を待っていたのだと直感した。
俺の成すべき当然のこととして、彼女に駆け寄り、
今まで待たせた分をとりかえす位 強く抱き締め、
もう何があっても大丈夫だと伝えようと思った。
だが俺は、ただ目を見開いただけで、
それ以上まったく何もできなかった。
俺と彼女は、平行に走る列車のそれぞれの中だった。
俺の心が、ありったけ長く手を伸ばす。
ドアを突き破って伸びる俺の手がどんなに必死でも、
走る列車は少しずつ二手に別れていく。
俺の心の手は、彼女の淋しい心に届かぬまま、
とうとう、彼女を連れ去られてしまった。

何てことだ。折角 出遭えたのに。
彼女の虚ろな瞳に、再び輝きをとり戻させるのは、
俺にしかできないのに。
彼女は俺に気付くこともないまま、
絶望の中に 今もうずまっているだろう。
歩き道で出遭えたら良かった。
いつもの散歩道が、お互い同じで、
同じ樹になぐさめを求めて会いに行く仲だったら。
そんな心のままの生きざまを、
すべての人が生きられる世界だったら。

都会の生活が、俺を狂わせる。



     第三期 darkness創作
     95.5.18 M 加
posted by わたなべ かおる at 01:15| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Waitにおける思索

よく晴れた水色の空を見上げたときなど、
ふと 懐かしいと思うことはありませんか。
その時、声がするんです。
「封印して、とっておきませんか」って。

過去はあなたのものだから、
あなたが、ぜひとっておきたいと願うなら、
今 なつかしく思いだしたこの記憶、
ほら こんなふうに小さな箱につめて
とっておきませんかー?

でもね、人はたいてい ことわるんです。
過去なんか 何の役にもたたない、
昔のことなど とっておいてもしかたない、って。
大人になろうとしている子供なんか特に、
過去にとじこもっちゃいけないって
その声から逃げるように拒みます。
そうして、人々は次の瞬間には、
そんな声をきいたことも、
なつかしいものを思い出したことも、
きれいな空を見上げたことすら忘れて、
灰色のアスファルトを歩きはじめるんです。

「自分の記憶なのにね」って呟いて、
人々の拒んだ小箱をまたひとつ、
その声の主は つみあげます。
自分と同じこと、
覚えていてくれる人、いないかなって、
今日も 人々に囁いては拒まれて、
またひとつ、箱を、つみあげます。

悪魔はいつも、淋しがりやなんですよ。



          19920501金
posted by わたなべ かおる at 00:58| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

桜の散る話

せっせと、ホウキとチリトリを動かしていました。
集め終わると焼却炉に投げこみました。
「ああ 忙しい。」
男はうつむいて、せっせと桜を掃いていました。
いっぱいになったチリトリを持って、
焼却炉に向かいながらぶつぶつ言いました。
「あの桜、伐ってしまおう。」
のこぎりはどこだったかな、と考えながら、
歩いていた男に、子供が走ってきて当たりました。
チリトリから、桜が少しこぼれました。
「気を付けろ!」
男は怒鳴り、桜を掃き集めました。
焼却炉から戻ると、桜の下に子供がいました。
また少し、桜は散っていました。
「おじさん、これ伐るの?」
男は土と、散った桜しか見ていません。
「ああ、伐る。うっとうしい。
 俺が綺麗に掃除するそばから、
 こいつ散らかしやがるんだ。
 だから伐ってやる。
 もう俺の邪魔なんかさせない。」
男はホウキとチリトリも放って行きました。
行ってのこぎりを持ってくるためです。
男が戻ってくると、桜が土の上にたくさん散って、
ホウキもチリトリも埋まっていました。
「ちくしょう! あのガキめ!」
男はのこぎりを投げだすと、
桜に埋まりかけたチリトリの柄をつかみました。
 持ち上げると、チリトリは、桜でいっぱいでした。
 桜ははらはらと落ちました。
 落ちはじめました。
 崩れはじめたのです。
 桜ははらはらと落ちて、少しずつ大きく崩れて、
チリトリは柄だけになり、それも淡い紅の花びらと
なって散りはじめ、それを握っていた男の手も、
気付いて離そうとした指はもうひらひらと舞っていました。
「…な、なんだ?! なんだいった……」
驚いた男の声をかき消すように、
風が吹いて、散るのを早めました。

「驚いたのが人間だった証拠でもさ…」
降り積もった桜はどこも桜色です。
「みんな同じなのにね。」
子供の声が、どこからともなく聞こえました。

桜散ル 桜散ル
この土の上に散り落ちる
おまえはそうして死んでゆく
私もこうして死んでゆく
桜散る そして大地は淡く包まれ
それは血潮か それは肉片か
それは儚い幻か
桜散る 無駄なこと邪魔なこと
あだと云われて なおも散る
そうして私も散らかってゆく
されど人間よ
汝等のすべてが 我らとどう異なろう?





darkness創作(きのうのチーター) 19920311水
posted by わたなべ かおる at 00:51| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

冬の子

冬なので、北風が吹きました。
みんなみんな、「寒い」とさわぎました。
セーターを着ていても、コートを着ていても、
ピューと風が吹くと、誰もが首をちぢめて、
「寒い!」と言いました。

ふつうの人が、風に吹かれて「寒い」と言いました。
そのとなりで、少しかわった子が、
自分だけ、「気持ちいい」と言いました。

「気持ちいい」と言った子が、ひとつ前の年の秋に行くと、
「寒い」と言ってる子がいました。
「寒くないよ。」
「寒い!!」
ひとつ前の秋の中にいる子は、
冬がとても好きでした。
寒くなれば雪が来ます。
それがたのしみで、一生懸命「さむい」と言います。

「さむいよー!!」

今年の冬の子は、それに応えて言いました。

「さむくないよ。
 こんなもんじゃなかった」

そのとき、二人の間にある冬が、
秋の子の頭をかすめて過ぎました。
そこには誰もいませんでした。

「まって!!」
私が寒いと言ったのは…──

心の冬が来ます。



           19920204火
          (改行案 20091013)
posted by わたなべ かおる at 00:40| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夢についての夢語り

ここが夢であることを知っています。
夢でないはずが ありません。
なぜなら、夢でないという理由がないからです。
もちろん、夢であるという証拠も、ありません。
だから、ここは夢だと思います。
思ってしまった方が 勝ちなんです。
どっちでもいいのですから。

そとは、ふぶきです。
雪はそのうち、あたりをうめつくして止むでしょう。
そうして、しんとした世界になります。
あの美しい結晶を、見たことがありますか?
とても計画的な形を、雪は営んでいますよ。
あの美しさに包まれて、
どうしてこの世界が美しくなれないことがあるでしょうか。
ふぶきが、やみます。

ここには闇が存在します。
暗い中には、上も下もありません。
ただ、自分というものと、それ以外があるだけです。
闇の中に転がされた腕は、ひとつ、
何もできないまま 血を流しています。
尽きることがありません。
血は、赤く黒く、流れ続けます。
誰も止めないからです。
でも、痛みというものも、ないのです。
脳は腕が切りとられる前に、
腕のことなど忘れてしまったのですから。

空が泣いています。
雨です。
でも雨は、空の涙ではありません。
空に涙はありません。それは、みんな知ってることです。
ただ、空は、水と別れるのが悲しくて、
心だけで泣いています。

人間が、生きていました。生き物というものは、どうして
決めたのでしょうか。生きることも死ぬことも、その言葉
そのものを、人間が勝手に考えたのですから、生命
を何ヵ月から人権としてとらえるかとか、脳死は人の
死か、などということは、やはり人間が勝手に決めて
しまうべきです。
ただ、人間にとって生き物でないものが、
殺されて 死んでゆくだけです。

自由な、空間です。
前後を失い、不思議が当然になっています。
そこが、前に住んでいたところです。
ここに来たばかりの頃、あなたが生きていた所です。
子供であったことなど 忘れてしましましたか。
きのう見た夢など とるに足らないものですか。
では、あなたは何だと言うのでしょう。
今日という日が、いかほどの意味をもつのか、
考えてもみてごらんなさいな。
そしてきのう見た夢を、思い出してください。
だめなら、今日見る夢を、きっと覚えていて下さい。
でないと、ここが夢になってしまいますよ。
どうせすべては、はじめに決めたことですから。



1991 1025 金
posted by わたなべ かおる at 00:33| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

羊飼いと少年

少年はひとり、放牧をしていました。
毎日 羊を追い、夜はその毛に包まれ眠りました。
広い草原には どこまでも大地と、
羊のむれと 羊飼いの少年だけでした。
ある日、少年は”人間”をみつけました。
「もう何日も 何も食べていない」と
それが言ったので、
ものを言うのは”人間”だと思っていた少年は、
それが”人間”に違いないと考えたのです。
家につれかえって、休ませてあげました。
もちろん、食事もさせてあげました。

「おまえは、羊が好きか」
ある夜、”人間”は少年にそう言いました。
「わからない。」
少年はすぐにそう言い、また言いました。
「けれど、大事だよ。」
”人間”はそれ以上 何も言いませんでした。

”人間”は またある夜、ぽつりと言いました。
「オレは 人間を殺したことがある」
少年は、すこし数が足りなかった羊のことを
ぼんやり考えながら 言いました。
「ぼくも 羊を殺したことあるよ。」
それから 幾日かたちました。

羊は、毎日すこしずつ減っていました。
数があわなくて、少年は言いました。
「ぼくの羊、知らない?」
”人間”は、何も言いませんでした。

ある夜
”人間”が ききました。
「オレが人間だと 何故 思うのか」
少年は その毛なみのいい”人間”を前に
はじめて会ったときから今まで
ずっと思っていたことを 言いました。
「言葉をしゃべるからです。」
すかさず”人間”は言いました。
「オレは羊を食らう」
まるでそれが人間でない理由のようです。
「人間も羊を食べます。」
「量が ちがう」
何の量だろう、と少年が思っていると、
”人間”は別の話をはじめました。

「オレは昔 人間を殺した。
 羊をオレに食われて、人間は困っていた。
 オレは、人間を殺す気もなかったが、
 食べる気なんて まるでなかった」
人間は まずいのか、と少年は思った。
「オレは”人間”じゃない」
では何ですか、と問う前に。
”それ”は言った。
「オレは オオカミだ」

「人間を食らった罰として、
 言葉を与えられてしまった。
 そうして 考えることができるようになり
 オレは 羊を食らうことも忘れた。
 そのまま死ぬというとき、
 おまえに会って 助けられた」
少年は言った。
「減った羊は あなたが食べたのですね。」
オオカミは言った。
「羊も そしておまえも 食う」

生き物が言葉を得たとき、
考えることが始まります。
オオカミは、
野生のかわりに植え付けられ、育った思考で、
こう 考えたのです。
もう一度、人間を食らえば、
あるいは もとに戻れるかもしれない、と。
もちろん同時に反対のこと
更に罪が重くなること、も 考えました。
そして
そのようになりました。

放牧をする少年がひとり。
羊はよく肥え、よく増えました。
それを見た人々は、少年をほめましたが、
少年はそのだれとも出会いませんでした。

少年の目は、以前より少し鋭いそうです。
そして時々、ことに月の晩は、
犬よりも もの悲しい遠吠えが聞こえ、
少年は
いつまでも少年だったということです。


《ところで
 羊たちの野生は
 いつ 失われたのでしょうか

 確かに
 羊飼いのいない 羊の群れは
 道に迷い 闇に怯えます
 けれど
 人間など いなかった時代でも
 羊たちは
 確かに生きていたのです

 羊飼いに守られ 生み増えた羊は
 いったい どうなりますか
 人間は 羊の数を増やし
 その肉を 食らう
 人間は羊たちを必ず殺すのだ
 かならず

 ”神”よ
 あなたという羊飼いは
 人間という羊たちを…》


彼の飼っていた羊の数は その後、
自然に死んでゆく以外には
減りませんでした。


《神よ
 ここに迷える仔羊の問ふ》




     加筆修正・T(N.P.解)
     1991 11 14 木
posted by わたなべ かおる at 00:23| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もうひとつの物語・タイ(対)

泣いている私に、誰かが声をかけます。
「どうしたの?」
淋しい。あの人に会いたい。
「じゃあ、会わせてあげる。
 あの人に、君の大好きなたった一人に。」
私は顔をあげました。
男の子が 頭上でにっこり笑いました。

「こんどは、あの人が好きなの?」
やっと笑顔をとりもどせた私はうなづきます。
また会って
また失うとも気付けずに。
それからも男の子は、
何度も やってきては私の夢を叶え、
私は、人を愛しては失い、
また泣いては人を好きになることを
くりかえしました。

「どうして ずっと来なかったの?」
ひさしぶりに会った男の子は、初めて会った時と
まるでかわっていません。
「君が、たった一人に会いたがらないから。」
男の子は、私の目よりも少し高い所に座って、
そう言いました。
「だれか、たった一人に会いたくて泣くなら、
 すぐに会わせてあげられるのに。」
首をかしいで肩にのせ、目をとじて言いました。
私はうつむいて、呟くように言いました。
「もう… 会いたい人なんていらない。
 会いたくて泣くことなんてしない。」
そして、男の子を見上げて言いました。
ずっと来なかったその小さな姿に、
出会う前から、たぶん昔から心にあったこと。
いつも泣き叫んでいた あの頃の思いすべて、
行き場も成すべき形もわからなかった
心の中の声すべてを、叫ぶような言声にかえて。
 「あなたと ずっと一緒にいたい」
わがままな私のそばにいてくれたのは
たった ひとつのおさない姿だから───


 願いは 3つ残さなくちゃ
 何も望まなくなったら おわり
 僕を愛しちゃいけないよ
 ずっとずっと きみたちの決めてたことだから
 願いを3つ 残して
 何があっても
 僕らを 愛しちゃいけない
 そう きみたちが決めたことだから

 尽きることない情熱に
 水を注いであげるよ
 君が疲れないよう

 そんな僕を人は 悪魔と呼ぶ


「あんなに人間を愛していたのに、
 どうして僕を求めるんだろね…
 ほんとは僕のことなんて嫌いなはずなのに。」
いつまでも幼いままの男の子は、
また ひとりぼっちから 逃げられないまま。



     darkness創作 19911229日
     加筆修正・T NP除
posted by わたなべ かおる at 00:08| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月13日

窓辺の席 〜机の上の手記〜

タイとは、ずっと小さい時からよく遊びました。
いろんなことをして遊んだものです。
なかでも、神さまごっこは とても面白いものでした。
一心に祈っている人に、おつげをするんです。
それは、いつも確かなことばかりだったので、
おつげを受けた人は更に信心するし、
喜ぶ顔を見るのも気持のいいことでした。
確かなことをみつけてくるのは、いつもタイでした。
タイは、いつも笑って こう言いました。
「本当は、神さまなんていないのさ。
 ただ、おいらたちみたいのが、
 こんなふうに、イタズラしているだけなんだ。
 だけど信じてる人にとっては、
 神さまは本当にいるのさ。」
私はそれを聞くたびに笑ってうなずきました。
あるとき、私の大事な宝物がなくなっていました。
私は、それが本当に大切でした。
「ガラスの破片、危ないから捨てたわよ。」
  あの 光を透きとおす きらきらの宝物
  大人は ガラクタという名前で 私から奪う
私は泣いていました。 タイが来ました。
「君に大事だと言われて、きっと幸せだったよ。
 ほんの少しの間だろうけど、あのこたちは
 宝物になることができたんだから。」
私は泣きやみたくて、ただなきやみたくて、
タイに叫びました。
「大事なんかじゃない! あれはガラクタだよ!!」
そのとき、タイが目の前から消えました。
それ以来、私もみんなと同じように
タイを見ることが なくなりました。

「どうして とびおり自殺なんかしたんだろーねー。」
あたしは教室の窓で校庭を見ながら呟いた。
「人生 これからだって ときにさ。
 これからが問題、なんだよね?」
「ウン。」
となりで、タイが答えた。


窓辺の席の 机の上に
少女の残した 小さな記憶
信じるものを見失って
彼女は 空の鳥になった

けれどここに声がきこえる
私の中に 今なお響く
『私は、信じています。
 白い小石や赤い木の実を
 宝物だと言い 守る子供たちがいれば、
 タイは一緒に遊んでいるはずです。』
少女は裏切りと共に身を投げたけれど…

あなたのとなりにタイが必要だったように
タイには あなたが必要だと
気付けなかったね
そして私は探し続ける
タイを失って 今なお さまよう人に
タイの声を聞かせる術を
あなたに こうして届ける術を



   加筆修正T  1001.10.12土
posted by わたなべ かおる at 23:58| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鳥のつばさ(音)

 ───── これは、すべてに共通する命題です。

『鳥は、生まれたときから鳥でした。
 殻を突き破ったのは まぎれもなく
 その鳥のくちばしでしたし、
 大地に触れたその足は、
 はじめから爪とうろこをもっていました。
 ふんわりとした羽毛も、すぐ羽根になっていきました。
 鳥はまだ羽根のそろわないうちから、
 飛ぶことを知っていました。
 いずれは大空で生活することを知っていました。
 だからその小さな翼も、
 ことあるごとに広げられました。
 そしてやはり、鳥は大きくなって鳥になりました。
 ある日。
 鳥は鳥として大空を飛んでいました。
 羽根の生え揃ったその翼をはばたかせていました。
 ふと、その空の一面を滑るようになぜた時、
 鳥は自分の翼がとても長いことに気付きました。
 そしてその先端までが、とても遠いことも。
 その先端をみつめたことが、今まで一度もなかったことも。
 鳥はそのとき、飛ぶ者としての生まれる前からの掟を、
 鳥としての心を、失いました。
 ただ飛ぶためのものでしかない翼に、
 美しさと愛しさを感じることなど、
 ましてやその遠さに切なくなり
 思わず抱きよせることなど……
 翼は風をはらむことを失い、空気にへし折られ、
 鳥は翼でない翼と共に落ちてゆきました。』

 すべてに共通する悲しい命題は、
 鳥を鳥でなくし、ひとつの存在とした幸せの命題です。



N.P.除 加筆修正・T  darkness創作  19911229日
posted by わたなべ かおる at 23:47| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宇宙創造・a

はじめ、宇宙はひとつの点でした。
ただの、ひとつの点でした。
もう ずっとずっと長い間、ひとりきりでした。
そして宇宙は淋しくなりました。
「神さま、どうか相手をください。」
そう、願いました。
神さまは、宇宙に言いました。
「おまえが考えることをやめるなら、すべては生まれる。」
宇宙は、ちょっとと少し、考えました。
ちょっとと言っても、時計はなかったので、
何千億年ぐらいかわかりません。
ただ 宇宙がこう答えたことだけは、確かです。
「わかりました。」
宇宙はそう言うと、目をとじたのです。

宇宙は とても小さな点でした。
だから、たくさんのものがその中でひしめきあい、
うずまいていたのです。
ただ、宇宙はひとりで考えていたので、
ぜんぶその点の中で動きまわっていました。
もしかすると、お願いをした神さまも、
その点の中のものだったのかもしれません。
とにかく、宇宙は考えることをやめました。
だからその点は大きく、大きく広がりだしました。
数えきれない小さな粒が、たくさんできました。
粒はいろいろな粒をつくり、
あるものは同じものと、あるものは別のものと、
つながったり 離れたりしました。
たくさんあつまったものは、まるく固まり、
そのまわりにも 見えない粒を集めました。
何百年も何千年も何万年もかけて、
あるものは色をもち、あるものは形をもち、
あるものは何もなく、またあるものは消えて、
ゆっくりと ゆっくりと 時が過ぎてゆきました。
また時は 残酷なほど速く去ってゆきました。
そして宇宙は大きくなりすぎて、
広がる速さがわからないほど大きくなりました。
それでもまだ、宇宙は広がり続けました。
もう止まるということも考えないからです。
点に集まっていたものはあまりに多く、
宇宙が考えるために使っていたエナジーも、
それだけの空間を押し広げる大きさでした。

はじめ宇宙は 神さまに返事をするまえに、
ちょっとと少し、考えました。
ちょっとは 何千億年だったかわかりません。
そして少しの方で宇宙は、
一つの懐(おも)いをくみたてました。
「もう、二度と考えることはできないだろう。」
宇宙は自分が とても淋しいのを知っていたので、
そのエネルギーが たいへん大きいことも、
よくわかっていました。
だから自分が考えることをやめたとき、
今まで内側へと向かっていたエナジーが、
何もかも忘れて外へ外へと走ることも、
ほとんどわかっていました。
それでも宇宙には、神さまが必要でした。
ひとつは、自分以外というものを信じること、
つまり、自分が考えるのをやめたときに、
かならず相手というものがあるという証拠です。

そしてもうひとつは、こわいことでした。
宇宙は、ずっとひとりきりで考えていました。
ずっと長い間、考え続けてきました。
その、考えるということをやめてしまうのが、
いいか悪いか わからなかったのです。
だから神さまが必要でした。
そして宇宙は返事をするまえに考えました。
大きく広がりすぎても、決して消えないように、
ひとつの懐いをくみたてました。
「もう二度と、考えることはできない。
 だから、消えてしまわないように。」
宇宙は、エネルギーと一緒に、
考えるということも、
外側へと走らせたのです。
どんなに遠く、広く大きくなったとしても、
決して、忘れないよう。

宇宙は大きくなりました。
たくさんの粒が向きあい、また離れました。
粒は引きあうことを知っていました。
星ができました。太陽ができました。
地球と月ができ、植物が生まれ、
動物のなかに、人間が生まれました。
人間が生まれてから、
考えることをはじめました。
自分のこと、大地のこと、空のこと、
そして考えることは どんどん大きく広がりました。
広がって広がって、宇宙のはじについたとき、
人間の考えは
止まりました。

いえ、本当は止まらなかったのです。
ただ、人間は考えることだけでしか、
宇宙の外側へいけなかったのです。
人間は、考え続けました。たくさん考えました。
でも、
考えることしかできない地の果てを、
自分の目で見ることも、自分の足で歩くことも、
ましてや本当にあるのかもわからない世界を、
もう、考えても、
どうしようもないと思いました。
それで、考えることを、
やめてしまいました。

宇宙は広がったのと同じくらい速く おそく
内側へと向かいます。
考えることは最後に、
とてつもない淋しさで終わりました。
ですから、広がりすぎた宇宙が、
淋しくて近く、もっと近くに と
集まってくるのは当然のことでした。

今はまだ、人間は考えています。
ただ、星空を見上げて考えるとき、
とてつもない淋しさが、あふれてきます。
それは、宇宙が広がるまえに考えた懐いが、
ずっと昔から、つながってきているからです。
考えることは、何億年も消えることなく、
粒たちの中を、淋しさと一緒に伝わりました。

たぶん、遠い昔のおはなしです。



            1991.10.12土
posted by わたなべ かおる at 23:15| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

地球の目

遠い昔、地球は月を愛していました。
月がとても好きでした。
地球は、月といつまでも一緒にいたくて、
ひとつになろうと決心しました。
すぐそばに、自分よりもずっと強い太陽がいたから、
月はもしかしたら太陽が好きなのかもしれない。
それなら太陽が月を連れていく前に、
ひとつになろうと思ったわけです。
地球は目をとじて、
思いっきり息をすいこみました。
地球は月のすべてをすいとってしまいました。
そして口を閉じたのです。
月は何もないただの月になりました。
地球は目をとじたままでも、
月のことなら何でも見えるので、今もまだとじています。
もちろん、月からとったものが出ないように、
口もふさいだままです。
地球の瞼のうらに、月がうつりました。
月は何も言いませんでした。
地球が、口ももっていったからです。
月はただ、太陽の光をうけて金色に光っていました。
地球は太陽がきらいだと思いました。
月は本当にそのままで美しいからです。
だから地球は月がまっくろになると、
とても幸せです。
だけどひとつだけ、悲しいことがありました。
地球は口をあけられなくて 月に好きだと言えず
月は口を奪われて 地球に好きだと言えず
太陽は
みんながまぶしがってそっぽを向いてしまうので
自分の涙を見てもらえないことです。



   darkness創作  19910125金 (19920205水 転)
posted by わたなべ かおる at 06:27| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『意識が見た夢 〜darkness創作を中心に〜』もくじ

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地球の目
宇宙創造・a
小話 みっつ
鳥のつばさ(音)
ひとみ
窓辺の席 〜机の上の手記〜
もうひとつの物語・対
絶望の淵に 〜望郷の果て〜
望郷の果て
テレホン・ライン コードNo.0032-9
まほうのゆびわ(三話組)
空を掴め
自己命令「空を掴め」
羊飼いと少年
夢についての夢語り
存在のみ
アンドロイドと妖精の話
冬の子
桜の散る話
さかみち・covored with the 'Black'
”サラマンドラ”の住みか
幾万もの命が
Waitにおける思索
十五進法の世界
『ある日、僕はふと/すべての茶番に…』
『列車に乗っていた。…』
『鉛筆は、削ると生まれかわります。…』
相反するふたつの
土葬 〜あるいは 宇宙への〜
さんせい に はんたい
歯車は
有引



19960124 S


(記事投稿日時 2009-10-13 23:13:26)
posted by わたなべ かおる at 06:00| └ 文:茶ファイル&Dファイル・主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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