2009年05月21日

(鳴いて血を吐けホトトギス)

鳴いて血を吐けホトトギス
おまえの血潮が大地を潤す
おまえの肉が 大地を養う
血を吐いて鳴け 声の限り叫べ
そうして独り 死んでしまえ

おまえの体は腐り果て
おまえの心は掻き消える
ただ声だけが 天に昇り
永遠に歌い続けるだろう
ホトトギスよ ホトトギスよ
さあ今すぐに死に果てよ

歌うことだけ それしか持たない
そうして歌に命を落とした
おまえを愚かと嘲る声など
聞かずに おまえは死に果てよ
それがおまえの幸せだ
生き続けても 救いは来ない
苦しみだけが積もりゆく
だからおまえは耳さえ持たずに
歌い狂って死んでしまえ

たったひとつのことしか知らず
そのひとつに命を捨てた
 (それは未来の私 紙筆に尽きる命)
されどおまえは あまりに小さく
昇った天は あまりに高(ひろ)い
おまえの歌は地上に届かず
その声は決して聞こえない
 (無駄に終わる命懸けの事業)
ホトトギスよ ホトトギスよ
おまえを救う者などいない
 (それは私 しかし私は
  おまえのように尽きることは許サレナイ)

ダカラオマエハ歌イ狂ッテ死ンデシマエ

私のように
愚かしさを引きずることはない
これは人間の寿命だから



(2009年5月21日 公開版 19日改稿開始)




*ホトトギスは血を吐くまで鳴く、と聞いて書いたもの。
 タイトル未定。呼称は『ホトトギスの詩(し)』。
 今回、公開にあたり、第四連+αをカットし、
 理解のために加筆を試みた。
 原文:17歳 11月2日

* 「紙筆」は「しひつ」と読ませるが、こんな言葉があるかどうかは不明。
 また、「高い」と書いて「ひろい」と読ませている。

*結局、書くことのみに尽きることもできず、ここまで生きたが、
 今の私から、これを書いた私へ伝え得るのは、
 「私は私という在り方に尽きるのだよ」ということ。
 意図するところを正確に伝えようとして加工するなど、
 過去の私は許しはしないだろうが、
 それもまた、今の私からの伝言の一部。

*今回、公開するにあたり、鳥の寿命について調べたところ、
 野鳥は調査が難しいとはいえ、わりと長生きらしい。
 種類によっては100年生きる鳥もいるという。
 もっとも、ラスト一行の「寿命」という言葉は、
 むしろ「生き方」や「運命」という言葉のほうが的確。
 「天寿をまっとうすることが義務だから」という意味を
 どうしてもうまく盛り込めず、
 出だしの完成度のわりには、末尾がまとまっていない。
 要改稿。
posted by わたなべ かおる at 21:20| 創作・過 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月01日

ある種族・外

命を司る者よ
我々は 出会うべきでは なかったのですか

ずっと待ち続けていた
歩いて 歩きだして探したりもした
この世のどこかに
同じ苦しみを抱え 生きる友がいる と
救い以上に信じていた 信じられた
この苦しみを救える者は無くとも
共に戦う仲間は
必ず 出会えると
必ず出会うべきだと

違ったのか?! 運命を司る者よ!!
我々はあまりに無力だ
出会いは苦しみを増長するのみなのか
私は
誰にも出会わなければ良かったのか
決して出会わずに
それぞれの苦痛の中で 絶望の中で
静かに孤独に息をひきとるべきだったのか?!
そうなのか?! そうなのだろう?
そうでないなら何故
我々は出会った今なお
こんなに苦しみあわなければならないのか

ああ すべてを司る者よ
我々は死を給うべきだったのですか
この地を這いつくばって生き延び
友に出会うことは 許されないのですか
答えはみつからない
このどしゃぶりの雨の中で
我々は真っ先に
心を タールに染められ死滅する
弱すぎた 脆すぎたこの命を
この種族を
何故 これ以上の苦しみに陥れるのですか
友と出会えたというのに
救う術(すべ)を持たない

今このときにも息を引き取るかもしれない

そしてまた
それが自分であるよう 願うのだ
死を見たくはないと
友の幸せのみを祈りながら
そしてそれが問題だと言うのだ
まず死を望むことが異常だと言うのだ
しかし我々には何の術もない
何故そう願うのかすら
我々には わからないのだ──


自由の天地
生きることを許される処
還れれば
我々は決して死を望んでなどいない
ただ 許されないのだ
生きることだと感じるすべての言動が
許されていないのだ
苦しみから逃れたくとも
力なき我々に術は無い
愛しい者とは引き裂かれ
飢えを潤す愛は みつからない
嘲笑と白眼(はくがん)と耳に届く陰口に
我々は 削られ やせ細ってしまった
もう歩いてゆく力すら無い
二度と出会おうと声をかけはしない
傷口は容赦なく血を流し腐り果て
我々は滅びる
心だけが滅びる
そして肉体だけが この世を生き続ける

死は
後追いなのだ
先に逝った心の
後追いに過ぎぬのだ


(2009年5月1日公開版)




*まだ自分が混乱していた頃に、自分以上に混乱している者と出会い、
 その人間に無意識レベルで信頼された頃に書いたもの。
 その人物とは今も連絡を取りあっている。

*この頃は、「気持ちを殺して生きるなら意味がない」と思っていた。
 その後、「生きていれば、いつかなんとかなる」と思うようになり、
 「長生きは、するもんだねぇ」というのが最近の口癖である。
 今こうして公開するのは幸せだからであり、悲観する目的はない。

*題の「外」は、「外向的な」という程度の意味。
 読みは、「がい」も「そと」も音の響きが合わないため、
 題は単に「あるしゅぞく」としか発音のしようがない。

*上記は第四連を抜いたうえに、若干の変更を加えたもの。
 原文:19930818水
posted by わたなべ かおる at 14:56| 創作・過 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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