2012年03月17日

チャンスとは何か

「チャンスは鳥よ♪」

その言葉が、しばらく頭を巡っていた。


お会いしたときも、互いの作品の話は、しなかった。
詩友、という言葉を彼女の日記に見るたびに、私はそこから除外されていることを思った。
私の作品を見たいと言ってもらえないことに、寂しさと焦りを感じながらも、
憧れの作家に自作を送りつけるような恥ずかしい真似はしたくないと思っていた。

だから、嬉しかった。

「詩誌に投稿しないの?」

そう言われて、嬉しかった。
以前、短編小説のサイトに1年間投稿を続けて、
自分が意図したことが伝わらないもどかしさに慣れることと、
思いがけない感想をもらって(特に憧れの人から好評をいただいて)嬉しかったことを語った。

別れ際、彼女が言った。

「今度は、詩の世界でお会いしましょう。」

それは、私が問いたくても口にできなかった問いへの、答えだった。


そして。
お近くに行くかもしれないので、とメールをしたときに。
思いがけないお誘いをいただいた。

「奇しくもその日に、詩の勉強会があります。参加されますか?」

誘われた瞬間は、とても嬉しかった。
やっと、同じ土俵にあがらせてもらえるのだ。

けれど、ネットで調べて、ためらった。
きっと、主催の人とは、…合わない。
合わないどころか、きっと失礼なことを言ってしまう。

合うとか合わないとかでは、ないのかもしれない。
その立場に在る人間と、いかにつながるか、ということなのかもしれない。
詩集を出し、
詩の勉強会を主催すれば人が集まり、
ファンがたくさんいるような、そういう立場の人間と、いかにつながるか、
それが、チャンス、ということなのかもしれない。


…けれど。
私は、私の人生にとって大切な時間を過ごすために、その地へ行く。
その、大切な時間の直前に、
合わないと感じている相手に自作を披露するなどということに、…耐えられるだろうか。


それでも私は、詩の勉強会に参加する、とお返事をした。
これがチャンスであるなら。
それは、引きあわせていただいた、ということだから。





その地へ行くことが決定したとき、
彼女は連絡が取れない状況にあった。
私は、連絡がつくようになったらメールをしようと思った。

それから、作品展の準備があり、
仕事も、出さなければならない書類や、返事を書かなければならないメールが次々に溜まり、
頭を抱えたり逃げ出したりしながら、アプリで気を紛らせては少し作業を進める日々に追われ、
作品を選ぶ時間も気持ちも確保できないまま日々が過ぎた。


彼女からメールが来た。

「今日までご連絡がないということは、来られない、ということで良いですよね?」


私は詫びた。
「すっかり行くつもりになっていました」
そう返事をしたものの、
「やはり何かがひっかかっていたのだと思います」

…そうとも。
いくらでも、連絡を取ることは、できたはずだ。

相手は…待っていたのだ。
返事を待ってくれていた。

あのとき、メールを打っておけばよかったはずだ。


作品展の準備に追われていることも、
仕事の書類やメールに追われていることも、
4時起きの仕事を新しく始めて、生活リズムさえ怪しくなっていることも、
メールの返事が滞って迷惑をかけた相手が数人いるほど頭が回っていないことも、
図書館の本棚の前で泣きだすほど追いこまれていることも、

すべては、私の都合にすぎない。


だから私は一言だけで済ませた。

「やはり何かがひっかかっていたのだと思います」

彼女が彼女の都合で連絡が取れなかったことを指摘しなかった。
私の都合として引き受けた。
それが、
持てる者から、持たざる者へと、
与えられたチャンスを不意にしたという構図の受け止め方だと思った。



けれど、思う。
チャンスとは、何だろう。

今、私は、追われて追われて、考える時間があまりない。
でも、だからこそ、自分が本当に望むものは何かが、見えるような気がする。
本当に望む行動しかできない状態にある気がする。


本当に望むことしか、しない。


何もかもを好きになろうとしてしまった私の、見失ったもの。
本当に望むことは何か。

それを、取り戻す、チャンスのような気がする。




この数日に、こんなこともあった。

私の話を聞きたい、と言い続けてくれる人に向けて、
具体的なことを日記に書こう書こうと思いつつ、なぜか気乗りせず、
小言のような日記を書きたくない自分に気付いて。

それでもなお、相手があきらめずに、問い続けてきて、
そして…何があったのか、急に、態度が変わった。
私は話そうという気になった。


書きたくないから書かずにいたのだ。
そうして、話したいと思う状況に、成った。



本当に望むことしか、しない。



明日も朝7時には出かける。
帰宅は23時を回るだろう。

あさっての交通も調べきれていない。
切符も取っていない。


それでも、あさって、私は、その地に在る。
必ずきっと、その地に在る。

大切な、唯一の時間を、享受するために。



詩の勉強会に参加しない代わりに、新しい詩を書こう。
posted by わたなべ かおる at 03:49| 創作・文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする